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高校の時の友人から野菜が送られてきました。

葉付のニンジン、大根のちっこいもの、じゃがいも、赤じゃがいも、サツマイモ、イタリアンパセリ、玄米・・・
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友人は数年前、郊外に、もともと農家だった畑付の古民家を買い、家具職人の旦那さんが自分で廃材なども上手に利用してリフォームし、納屋を改装した工房で家具を作る傍ら、夫婦で畑を耕し、自分たちが食べる分だけの、ハーブやいろんな野菜を大事に育て、薪を集め、冬は薪ストーブの上で自宅で収穫した野菜を使ったシチューのお鍋を暖めながら、家族団らん、楽しく素敵なスローライフを送っています。

でも、最近『ロハス』という言葉をよく耳にしますが、友人達を見ていてよく分かりますが、憧れではじめられる程そんなに容易いものじゃないし、私はそういう“流行”みたいなノリが好きじゃないです。
家中の暖房とお風呂を沸かすために薪を集めるのも相当大変な作業です。

嬉しかったのがもう一つ。
友人とこの4才だったかな?チビちゃんからの可愛いお手紙が入っていました。『シール付』です。
たぶん大事にしていただろうシールを、私に3つもくれました(^^)

ありがとう!

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by atelier_Lapine | 2006-11-27 15:34
先日、実家からの救援物資が到着。

中身は・・・
米、ビール、あご天(トビウオの揚げ蒲鉾)、肉じゃが、父が釣ってきたイトヨリ鯛の塩焼き、シイラのバター焼き+ベシャメルソース(シイラは長崎ではマンビキと呼ばれているそうな。万引き?汚名を着せられてかわいそうに・・・と思ったのですが、調べてみると万力から由来しているらしい)
それから、白雪食品のチャンポン麺と、チョーコーのチャンポンスープ、チャンポンには欠かせないピンクとグリーンのはんぺん。

e0079270_2243119.jpg早速、キャベツ、もやし、豚肉、イカ、キクラゲなどを買ってきて(正確には、相方に「ちゃんぽんをご馳走するから」などともちかけ、具材を買わせた (^_^; 元い、買ってもらいました。)

久しぶりのちゃんぽん、美味しかった〜
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by atelier_Lapine | 2006-11-13 22:44

先日、北海道の竜巻で亡くなられた方の中には、結婚1年目で、最近妊娠が分かったばかりの身重の奥さんを残して、突然逝かれた30代の男性も居られたとか・・・
ご遺族の方が映っているニュースを見ていたら、去年のJR福知山線の事故の時もそうでしたが、思いも寄らぬ事故や災害で、最愛の人を突然失った方のことをおもうと、他人事ではなくて、胸が苦しくなります。

その一方、いじめを苦にしての子供の自殺、学科未履修問題で責任の重圧に耐えきれなくなった高校の校長の自殺など、簡単に自分で自分の人生を終わりにしてしまう人も多くいます。

人は、一体いつ頃から「死」について考える様になるのでしょう?

私が6つか7つの頃、NHKで 影絵のアニメーションをやっていました。それは今思えば道徳的なお話ばかりだったと記憶しているのですが、その中でひとつ、忘れられないお話の一場面
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火が点ったローソク。
長さ・太さ、色・形も様々なローソクが無数にある薄暗い部屋の中で、主人公の少年が、ローソクの番人に訊ねます。

 「これは 何?」

番人は、言います。
 「これは 人の いのちの灯火だよ。」

見ると中には、火が点ったばかりのものや、燃え尽きて今にも消えそうになっているもの。まだまだ残り半分以上もあるのに、風で吹き消されてしまうもの・・・ローソクの火が消えそうになると、その人のところへ死神が迎えに行くという。
怖くなった主人公の少年は、自分や家族のローソクを探そうとします。やっとみつけるのですが、それを見て愕然とする。そして・・・

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そんな話だった。

この話は子供の頃の私にとって、もの凄く強烈で、主人公と同じように、自分や家族のローソクの残りがどうなっているのかが気になって“死ぬということ”が凄く恐怖で、もし両親が死んでしまったらどうしよう?などと勝手に想像しては泣きそうになっていたことをよく覚えています。

でも、いまどきの子供達は「いのち」も交換可能な電池みたいに思っている子が結構多いと聞きますが、どうなんでしょう?
核家族化がすすみ、身近な人や可愛がっていた動物の「死」にふれる機会がめっきり減っているから理解できないのかなあ?

カトリックでは亡くなることを「帰天」というそうです。仏教でも、この世は“修行”だといわれますが、毎日を精一杯生きて、天に召されるその日まで、多くのいろんなことを学ばなきゃいけない。

美輪様(メケメケ)が
 
 「死」をいつも意識して生きなさい。 
 そうすれば、人生をもっと充実させることができる。

と言っていました。なるほどっ。

私の友人で、二十歳そこらの時すでに両親共 亡くしてしまっている Sちゃんから

「親の居るうちに 親孝行しときな。」

と言われたその言葉も私にとって、もの凄い説得力がありました。

いま、こうして生きて、やりたい仕事にもどうにかありついて、なんとかやっているのも、両親や家族、友人や恋人、その他にも多くの人達に支えられているからなんだ。感謝しなきゃ。
凹むことが多くて嫌になるけど、まだまだ、こんなことでへこたれてちゃいけないな。
そうつくづく思う今日この頃です。
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by atelier_Lapine | 2006-11-10 14:31
先日、紅茶専門店Lyin-anさんへ行った際、茶葉を買って帰ったのですが、早速家でお茶を入れようと改めて食器棚の中を見ると、カフェオレボウルと珈琲カップ、それにお湯呑ばかり・・・うちには紅茶をより美味しく飲めるような口径が広くて薄い“ティーカップ”は一つも無かったので、磁器のマグカップでいただきました。ボーンチャイナの真っ白のフリーカップもあるしこれでもいいかな・・・と思っていたのですが、

「この紅茶ホント美味しいね!でも折角なら洒落たティーカップで飲みたいなあ・・・誕生日プレゼント渡してなかったし、見に行ってみよう。」

と某氏。それで週末の午後、市バスに乗って西区のノリタケの森へ行ってみることにしました。(因みに私は地下鉄よりも市バスが好きです。今回も市バスを利用して菊井町っていう停留所で下車して歩けば、名駅の人混みを避けられる(^^)人混みは苦手なんです。)

ノリタケの森に到着。早速ショップの建物へ向い、先ずはアウトレットの方からひとまわり。プロパー商品、高級品も一通りぐるりと見て、またアウトレットコーナーへ。これを数回繰り返しました(笑)
いくつか気に入った物を選んで、現行のシリーズ物の商品なら、あとからポットなど買い足せて良いかなと思ったのですが、良いなと思ったら丁度良いサイズのポットが無いとか・・・それならポットまで揃える必要はないので、アウトレットのコーナーの中で一番気に入った、ティーカップ&ソーサーを2客、ティースプーン2本を買ってもらいました。
e0079270_14312131.jpg携帯のカメラでは巧く写らなくてピンクっぽく見えますが、本当は縁にブルーのレース模様に薔薇が散っています。

家へ戻り、早速お茶を入れてそのカップでいただきました。やっぱり、口が広い分紅茶の香りが楽しめて、口当たり(口さわり)も良くて満足!

モノの形にはそれぞれちゃんと理由があるんですよね。
そんなに上等な物じゃなくても、折角なら、おいしさを引き立ててくれる器を使って、豊かな気分で生活したいなあと思います。
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by atelier_Lapine | 2006-11-06 14:32