たかじんの

昨日の午後の『たかじんのそこまで言って委員会』
番組の中で「死刑」について、確か田嶋陽子さんがひとりだけ反対していたと思いますが、他の賛成派の人達の発言があまりにも乱暴でちょっと寒気がしました。。。

「人を殺したら”死”を以て報いるのが当然だ。」

という意見が大半だけど、これを言う人たちは、自分や、自分の家族が万が一加害者になった場合のことは全く考えていないのでしょうね。

故意に人を殺すことなんてのはあり得ないかもしれません。だけど、車を運転中に運悪く、不注意で人を死なせてしまう可能性は無いとは言いきれない。自動車じゃなくて自転車でも、女子高生がおばあさんを引き殺してしまったという事件は実際に起こっています。またあるいは、駅のホームで酔っぱらいに絡まれて、運悪く過剰防衛で・・・なんてことだってあるかもしれません。
もしそうなった(加害者となった)場合、先ほどの言葉は一気に容赦なく自分たちに向けられることとなりますが、そのとき果たして「当然の報い」と、すんなり受け入れられるのでしょうか?
状況や立場によって、都合よく言うことが変わるんでしょうね きっと。


普段、迷惑なうるさい暴走族などに遭遇すると、「しねばいいのに、、、(-_-)」
などと毒づいている私ですが、「死刑」には反対の立場です。
もちろん、"宗教上の理由”というのもありますが、一番の理由は、残虐な殺人事件の明らかな犯人に「死刑」で簡単にポックリあの世に行ってもらったって、なんの罪滅しにもならんし、最初から死刑を望んで罪を犯す者にとって「死刑」なんて何の意味もない。だから、そう簡単に死なすわけにはいかない。

誰だって遅かれ早かれいつかは死ぬんだから、私にとっては「死」よりも「今を生きぬくこと」の方がよっぽど苦難の連続だと思う。生きてりゃ楽しいこともあるけど、ある日突然、谷底に突き落とされるようなこともある。
だから、「死刑」でポックリあの世行きより、生きて、思う存分に生地獄をみていただいて、自分の犯した罪と向きあって苦しんでもらわんと。。。それ(苦しみ)を経なけりゃ、誰にも何処にも救いは無いと思うんだなあ。

そこで、何度もわたしが提案してる地雷除去刑これはグッドアイディア〜だと思うんだけどなあ。。。

世界中に目を向けると、死と常に背中合わせで暮らしている人たちも多い。そういうところで命がけで働いてもらいたい。負傷したら手厚く介護して、回復したらまたすぐに行ってもらう。。。
命が尽きるまで、ひたすら繰り返し地雷の上を踏み続けて除去していただけば、大勢の人の命が助かる。人の役に立てて感謝されて一生を終えることが出来るのだから、そりゃあ〜本人だって少しは救われるだろう。これこそ正に、人のために命を捧げる「大きな愛」の行いと言えるのではないだろうか。
負傷する毎に、被害者やその遺族の痛みも分かってくるかもしれない。そして自分がこれまでに犯した罪の重さを感じたとき初めて、どうしようもない苦しみや哀しみを味わうんだろうと思う。死刑執行人だって、嫌な仕事をする必要ないし、これは一石二鳥どころか一石三鳥?
こんな話をしたら 友人が私にこう言いました。

「あんたは鬼や。」

日立建機の地雷廃絶の取り組み
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by atelier_Lapine | 2010-06-13 18:49 | 日記